ちっぽけな点から　全く新しい世界へ

　人間のもっている作ることへの欲求、それは大変自然なものである。人々は、常にみずからの手で意味あるものや理想的な何かを生み出したいと思っている。作ることによって幸せと喜びが得られるため、その達成感は人をさらなる制作へと向かわせる。できあがったものが無意味だったり価値のないものであったりしても、作りたいという欲求は心の中に抱かれ続けるだろう。こうした欲求は、ハム・ジンの作品のなかに容易に見てとれる。

　自分自身で外的な状況を変えることは難しい。変化と革命は多くの衝突や問題や対立を引き起こすだろう。世界には多くの関心事や気がかりな事がある。そして、誰もが社会の諸問題に関する自分自身の考えや意見をもっている。世の中で最も困難なのは、対立する集団との交渉である。しかし、自分で作った世界はそうではない。作者は、その世界へのあらゆる権利を持ち、みずからのアイデアとビジョンに基づいて自分自身の世界を作る。彼はそれをよりよいものにするため時間を費やして取り組んだ。それは現実の世界からは切り離されているかもしれないが、それらの違いは作者にとって許容できるものである。ときには、ほかの人々もそれを受け入れることができる。

　以上のようなことはハムの世界にもあてはまるのだが、彼の世界はその大きさと見せ方においてとてもユニークである。ハムの作品は、非常に小さい粘土球でできた粒の集まりによって構成されている。それはごみ屑か何かのようである。価値のないもののように見える。その形態は明確であるが、実物通りというわけではない。網や動物や、人体の一部のようなものもある。それらが連想させるのは、漫画に出てきてあらゆる手を使って主人公のじゃまをする悪役キャラクター、あるいは、マーク・トウェインの小説に登場する厄介事を起こし続けるいたずら小僧である。しかし、ハムの想像に基づくそれらのもつ表情は、独特のユーモラスな感じがする。この感じは、彼による状況への特別の観察と、他者への配慮と、小さな存在への誠意からきている。それらはハムの生き物たちにあらわれている。一見しただけでは、彼の作品は何かを表現したり特別な意味を帯びるには小さすぎる。しかし、ハムの作品はありふれたものとはちがう。それらはハムの観察と配慮と誠意によって作られている。彼の作品は小さくて取るに足りない。しかし、それらはウィットとユーモアをあわせもっている。ハムの作る生き物たちはなんだか不気味だが、我々を最後には笑顔にしてくれる。それはある種のブラックユーモアである。もちろん、ハムの作品には韓国の社会問題や政治問題が含まれている。だが、それらの表現方法は直接的ではない。たとえば、薔薇は単に花であるだけでなく、中身のない約束の象徴でもある。王様は、ばかばかしいほどの欺瞞的行為をする韓国の政治家を表している。しかし、それでも彼はこの状況に明るい未来を見ているのである。そして、彼は自分自身の世界からこの世界を変えていこうとしているのだ。ハムの作品を見るときはいつでも、我々は小さなものの大切さに気が付くだろう。取るに足りないものへの彼の関心は我々に出発点の大切さを認識させてくれる。
いま我々はスタートラインに立っている。目指すは、全く新しい世界だ。

ハム・ジン（陷晉）（1975年生まれ）

個展
1999年　「空想日記」　プロジェクト・スペース　サルビア茶房(タバン)
2004年　「愛玩」　PKMギャラリー（ソウル）
2007年　「The Others アザーズ」　国際芸術センター青森
2008年　「ハム・ジン」　Miki Wick Kim現代美術ギャラリー（スイス、チューリッヒ）
2011年　「ハム・ジン」　PKMギャラリー（ソウル）

おもなグループ展
2000年　釜山ビエンナーレ
2001年　光州ビエンナーレ
2002年　「アンダー・コンストラクション：アジア美術の新世代」
　国際交流基金フォーラム（東京）
2005年　「わたしは夢見る（J'en rêve）」　カルティエ現代美術財団
2005年 「秘すれば花：東アジアの現代美術」　森美術館（東京）
2008年　「ヴェネツィア・ビエンナーレの韓国作家のドローイング」
　世宗文化会館（ソウル）

チョ・ヒョンジョン（趙賢晶）
韓国のインディペンデント・キュレーター。
2011年ジャラ島国際Baggat Art 展 総合キュレーター。

ジャラ島＝韓国・京畿道（キョンギド）加平郡（カピョングン）

（原文英文　翻訳：古沢ゆりあ）