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ソーシャルな視点がもたらす美術教育の変容 ―新学習指導要領とSTEAM

武居利史(美術評論家・府中市美術館学芸員)

ソーシャルな視点がもたらす美術教育の変容 ―新学習指導要領とSTEAM

 いま学校の美術教育は、大きな変革期にある。学校カリキュラムの編成基準となる文部科学省の学習指導要領は10年ごとに改訂されるが、その新版の全面実施が図られているところだ。これまでも学校教育は、美術文化の普及に大きな役割を果たしてきた。学校での美術の扱われ方が、一般的な美術のイメージを形成するわけだから、教育の変容は美術文化そのものにも大きな影響を与える。

 新しい学習指導要領は、「社会に開かれた教育課程」を標榜する。「よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を共有し、社会と連携・協働しながら、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む」ことだという。「何を学ぶのか」だけでなく、「何ができるようになるのか」にも力点がおかれる。20年前に導入された「生きる力」論は、「個人」重視の自由主義的観点が強かった。基礎・基本を身につけ、自ら学び自ら考える力を育成する場が学校だとされた。だが、今回の改訂は、変化の加速する「社会」にどう対応していけるかが課題とされており、未知の状況に対応する能力を養うため、学びに向かう力や人間性等の育成が重視される。「個人」よりも「社会」との関係性、いわばソーシャルな視点が全体に貫かれているのが特徴だ。

 このことは美術教育にどのような変化を及ぼすだろうか。美術は個人の表現という考えが一般的に根強い。その社会的な側面が重視されることになる。応用美術としてのデザインが一層重要になるだけでなく、純粋美術としてのアートも社会との関わりで注目されることになるだろう。芸術教科だけでなく、さまざまな教科でその学びを社会に活かす手段として、芸術的要素が入ってくる可能性がある。学校の学習を知識や理解を中心に据えると、国語・数学・理科・社会・外国語の5教科が重視され、美術・音楽・技術・家庭などは実技科目として軽視されがちだ。ところが、学びをどう社会に活かすかという観点で学習を組み立て直すなら、実技科目で学ぶことの意義が重要性を帯びてくるのだ。特にアートやデザインは、社会的コミュケーションに必須である。

 ところで、アメリカでは近年、STEAMという考え方が注目され、教育政策に採り入れられつつある。STEAMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Arts)、数学(Mathematics)の頭文字だ。理数教育の立ち遅れから、AのないSTEMの強化が課題とされてきたが、アート(Arts)を加えた教育の必要性が議論されるようになった。IT産業の発展に理数系の能力をもつ技術者が必要なのは当然だが、革新的な産業を創出していくためには、AIでは代替できないアートやデザインの思考が欠かせない。日本でも理数教育やプログラミング教育が導入されているが、アートの重要性は必ずしも理解されていないようだ。しかしながら、アートが内包する創造性は今後の教育の鍵となっていくだろう。

 さて、日本の文部科学省は「GIGAスクール構想」にもとづき、児童生徒の1人1台の端末と高速大容量ネットワークという学校のICT環境の整備中である。教科書や教材のデジタル化も進み、学校の授業風景は変わりつつある。そうした環境で育つ子どもたちにとって、端末で絵を描いたり、写真を撮ったり、動画を制作したりする表現活動は当たり前のことになる。授業が変わるだけでなく、美術のとらえ方も変化していく。もちろん、日本画や油画、彫刻や工芸といったプロの世界は、美術大学のような専門教育によって残るが、若い世代にとってデジタル機器で制作する美術表現は、より身近なものになるにちがいない。

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、教育環境のデジタル化はさらに加速しつつある。学校教育の変容を通して、日本の美術文化の土壌は大きく変わる気配を見せている。

筆者も実行委員として関わった「美術による学び研 究会@東京2020 STEAM FESTA」。日本でもSTEAM 教育についての実践や議論が広がりつつある。
筆者も実行委員として関わった「美術による学び研 究会@東京2020 STEAM FESTA」。日本でもSTEAM 教育についての実践や議論が広がりつつある。

武居利史(美術評論家・府中市美術館学芸員)