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無辜の民

写真・文 涌泉多喜雄(わくいずみたきお) 日本美術会会員

石狩川河口の砂嘴、石狩砂丘の灯台の近くにブロンズ像「石狩―無辜の民―」があります。シリーズ15 作のうちの「虜われた人(1)」を幅3mの大作にし、箱根彫刻の森美術館主催の第二回現代彫刻展に出品したものを石狩町に寄贈したとのこと。亡くなった翌年の1981 年に期成会がお金を集い「石狩開拓者慰霊碑」として建立したようです。「1970 年代の中東アラブの紛争で人々が悲惨な状態におかれた状況に触発され世界平和を希求した作品」と札幌彫刻美術館の学芸員の方が語っています。初夏にはハマナスの花が咲くのどかな所ですが、晩秋はガラリと変わり寂寞とした風景が広がります。石狩川を遡っていった名もなき人々、ニシン漁にわいた時代と先住の民族、生きる自由を制限された民の姿が重なり、声にならない悲しみが伝わってくるようです。


ARTにとって、今日とは?

コロナ禍を乗り越えよう。そして、フェイクとヘイトを警戒せよ!

真実は何処か!を見極めよう

「無辜の民」

 本郷 新さんは日本美術会の会員でした。この無辜の民はシリーズ化して沢山の連作として残っています。思えばいまだに難民の悲劇は続いています。先日もシリアの難民が国境でプロパガンダに扇動されて集められ、寒さに震えていました。政治的に利用されたわけですが、こういう悲劇は続いています。幼い子らが最初の犠牲になるのも同じです。この北海道の原野に投げ出されたような無辜の民のパブリック彫刻は、その普遍的な訴えが伝わってきます。民主主義と戦争の惨禍 世界がどうもキナ臭くなってきています。マスコミの批評精神の低下は日本において、その劣化が深刻な状況です。あいちトリエンナーレの中止問題、「表現の不自由展-その後」企画展への攻撃は、表現の自由への攻撃でもありました。その後の展開や、日本学術会議6 名の、政権からの人事の拒否介入など見ていると、その不寛容な、非民主的な姿勢は世界的に見ても異常な事態になっており、そう簡単には歴史は進まないことを認識させられました。こういう民主主義の危機状況は、美術界のみならず国民全体の平和の危機につながっています。戦争の惨禍を思うとき、美術表現も無関係では済まされない深い問題が存在します。私たち日本美術会の歴史からも、切り外せない価値を持っています。 (木村勝明:編集)