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歴史に埋もれた在日朝鮮人美術家たちの歩みを掘り起こす

武居利史(たけいとしふみ) 美術評論家

白凛『在日朝鮮人美術史1945-1962  美術家たちの表現活動の記録』(明石書店、2021年)

 

―白凛『在日朝鮮人美術史1945-1962  美術家たちの表現活動の記録』(明石書店、2021年)を読む

 

 かつての日本アンデパンダン展に、在日朝鮮人の作家たちが少なからず出品していたことは、私も知っていた。しかし、そうした作家たちがどういう経緯で出品するようになり、その後どうなったのかについて、あまりよくは理解していなかった。1950 年代の美術運動に関する資料を読んでいると、呉炳学、朴史林といった画家たちの名前が出てくる。そうした在日朝鮮人作家の中で、今日最もよく知られているのは曺良奎であろう。独特のマチエールで倉庫やマンホールを描いた絵画は、美術館でもときどき展示される。だが、曺良奎については 1960 年に北朝鮮に渡って以降の消息はよくわかっていない。こうした作家たちは、日本社会と在日朝鮮人コミュニティの間に横たわる溝、朝鮮半島をめぐる複雑な政治状況を反映して、日本の国公立美術館などで検証される機会はほとんどなかった。

 しかしながら、この歴史の谷間に沈む在日朝鮮人美術家たちの存在に初めて光を当てた研究書が出版された。白凛『在日朝鮮人美術史 1945-1962 美術家たちの表現活動の記録』である。著者は在日3 世にあたり、小学校から大学まで朝鮮学校に通い、東京藝術大学に学び、東京大学で博士号を取得した研究者である。その博士論文をもとに書かれたのが本書だ。先行研究の少ない分野であるため、丹念に資料や証言を集め、苦労を重ねて研究を進めてきたことが行間から伝わる。戦後が遠くなり、当時を知る関係者が次々に没していく中、当事者から聞き取りを進めてきた。在日朝鮮人コミュニティの事情に精通しており、研究に必要な朝鮮語も得意とするところであり、まさにこの著者でなければ出すことのできなかった本だといえるだろう。

 本書を読むと、戦後の困難な状況から出発せざるを得なかった在日朝鮮人の美術家たちが、お互いに結びつきを強めながら、独自の運動を発展させようとしたことがわかる。在日朝鮮人作家が日本アンデパンダン展に出品を始めるのは 1952 年からで、朝鮮戦争のさなか平和を求める声が内外に響いていた時期である。在日朝鮮美術会が結成されたのはその翌年のことで、当時日本美術会との関係もあったことが記されている。この在日朝鮮美術会は、独自に巡回展も開催しているが、日本アンデパンダン展への組織的な出品も行った。1961 年の第 14回日本アンデパンダン展には、19 作家 25点の作品が展示されたという。在日朝鮮人自身の手で作られた初の画集である『在日朝鮮美術家画集』(1962 年)には、当時の在日朝鮮人の生活、朝鮮への帰国問題、韓国における解放闘争などの社会的テーマに基づいた、写実的な絵画が多数収録されている。その多くは行方がわからなくなっているが、本書ではその一部が図版で掲載されている。

 1961年 2 度にわたって銀座の画廊で開かれた「連立展」も興味深い歴史である。朝鮮半島の南北分断を乗り越え、日本国内の総連系、民団系、中立系の在日朝鮮人の美術家たちが共同して開催したこの展覧会には、今日韓国でも評価の高い郭仁植らも参加している。日本の安保闘争と並行して南北統一を願う美術家たちの活発な動きがあったのだ。本書は、研究対象を1962 年までに設定しているため、その後の歴史については詳述していない。2000 年代以降のディアスポラ(離散の民の意)研究の発展により、韓国でも在日朝鮮人の存在が注目されるようになってきた。日本国内でも文化的な多様性に目を向けようという流れはあるものの、これを抑止しようとする政治的な動きもある。このような時期、歴史に埋もれた在日朝鮮人美術家たちの歩みを掘り起こした本書は、日本が課題とする共生社会の実現に向け、美術界それにが取り組む上での貴重な足掛かりを提供するものとなるにちがいない。


武居利史(たけいとしふみ)

美術評論家

府中市美術館学芸員・教育普及担当主査