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現状に向き合う ―いなおけんじの二つの個展 ―

宮田徹也

山武市成東文化会館のぎくプラザ、2021年10月6-17日  おおさとギャラリー、2021年10月5-31日
山武市成東文化会館のぎくプラザ、2021年10月6-17日 おおさとギャラリー、2021年10月5-31日

 

 「第六回現代アート実験 02 展」(松山庭園美術館|2021 年9 月 3-26 日)で 12 日、トークを行い、多くのアーティスト達と作品と再会を果たせた。いなおさんの作品は、私が日本美術会と関わりを持った頃から気になっていた。千葉の二つの会場で個展を開催するというのだから、長年の疼きを解消することが出来る。「実験 02 展」は、小冊子がある。その他、府中市美術館市民ギャラリー、いなおさんの越谷の個展、葛美など書きたいことは山程あるのだが、紙面が限られているので、いなおさんの千葉の展覧会に集中することにした。7 日。横浜から相当に遠いと思ったが、電車に乗って読書していれば直ぐに着く。いなおさんが大綱駅まで車で迎えに来てくれた。まずは、おおさとギャラリーである。いなおさんの個展は初めてだ。楽しみにしていた通りの作品が、広いギャラリーに所狭しと展示されている。一目見て、この年の「美術運動」に展覧会評を書こうと決め、いなおさんに出品目録をその場で請求した。後日届いた目録を見ながら、この原稿を書いている。大型作品は 14点、小品は数えきれない。100 以上はあろうか。制作年は、1998 年から新作。素材は様々。

 この個展により、私はいなおさんの全貌まではいかなくとも、いなおさんが試行錯誤して制作した作品、時代を仲間と歩んできた姿を見つけることが出来た。それはまるで、1950 年代からの、現代美術の教科書を見ているのではないかと錯覚するほどに、グローバルである問題を含んでおり、いなおさん個人的問題だけに還元できない。素材との格闘、技法の探求、今出来上がった作品の長所と短所を見極め、新しい世界を切り拓いている。これこそが、息を抜く間もなく押し寄せてくる時代との拮抗なのではないだろうか。

 いなおさんは、文化会館まで車を走らせてくれた。道中、いなおさんは、自らが過ごしてきた道や、仲間との関わり、今、どのようなことを考えているのかを話してくれた。私は 12 月 9日に葛美へ行くのだが、この時のいなおさんの話しを思い出した。日美のアーティストの連携と生き方は絶対に古くない。むしろ、我々が失ってしまった大切なものだ。決して、高度経済成長期の一端ではあるまい。生活があるから制作し、作品が浮かび上がってくる。我々は日美の生き方を留め、失ったのであれば取り戻せばいい。

 文化会館の展示にもまた、胸を打たれた。16点の、大型作品が並ぶ。1984 年から、2015 年に制作された作品だ。おおさとギャラリーの現代美術の作品群に比べて、こちらの作品群は、従来の絵画的要素を多く含んでいる。そのため、具体的な印象を描き留めている。具体的であればある程、見る者は当時を思い出し、その思いと描かれている対象とを結びつけ、新たな想いを胸に秘めるのである。そして何年か経ち、またその作品を向き合えば、その日のことを思い出し、心を更新していくのである。少年期、青年期、震災、絶望、希望。

 2021 年は、『美術運動 復刻版』の発行が完了した。苦しんだ改題という課題も終えた。この原稿を書きつつ、私がいつから日本美術会と関わりを持ったのかと「美術運動」を捲ると、2007年の春先であることが、137号に書いてあった。同じ号に、いなおさんが寄稿している。日本アンデパンダンは「目的が一層肥大化して曖昧で解り難い八方美人化した「催し」になってはいないか」。「所謂青年層を対象にした小規模(30 人未満)でアンデパンダン形式(精神)の日本美術会主催の企画展を何箇所かできないだろうか」。 いなおさんは、常に、現状に向き合っている。


宮田徹也

1970 年、横浜生まれ。日本近代美術思想史研究。

岡倉覚三、宮川寅雄、針生一郎を経て敗戦後日本前衛美術に到達。

ダンス、舞踏、音楽、デザイン、映像、文学、哲学、批評、研究、思想を交錯しながら文化の【現在】を探る