ル・コルビュジエと20世紀美術

ル・コルビュジエと20世紀美術

手島邦夫

 

 彼自身の設計した国立西洋美術館でのル・コルビュジエ展。その建築と作品はどう響きあうのか・・・

「電子の詩」の映像と音楽の中、館内のゆるやかな坂を登っていくとル・コルビュジエという人の体内に入って彼の作品をみているような、あたたかな調和に包まれる気持になる。

 ル・コルビュジエの絵画には立体の意識が強く感じられる。それは彼が建築家であったことも影響していると思われる。会場入口にならんでいる原始と現代とが合体したような立体作品を見ると、彼の紙による小さなエスキースも頭の中では完全に立体として把握できていたことがよくわかる。ピカソもレジェも自分の絵画作品を確認するように同じモチーフの立体を作っている。

 

 会場にはル・コルビュジエの作品と並行して他の作家達の同時期の作品がならんでいて、その共通点や違いを比較しながら見ることが出来た。20世紀はじめにおこった新しい美術運動は同志達による共同研究といった形で進められ、展示されているピカソとブラックのドライポイント、オザンファンとル・コルビュジエの静物画などは、個々の作品がどちらの作か識別できない程類似している。

 ピカソの作品は数点展示されていたが、それらを通してこれまで数多く見てきた彼の作品をふりかえると、その中に現代絵画の問題に対する多くの解答を発見することができ、その存在の大きさを改めて気付かせてくれる。

レジェも日本で何度か大きな回顧展が開かれた。その清潔な白の無限な空間に抽象的な形態・植物・人物などが並置されている。会場には1926年の「女と花」・1928年の「静物」・1931年の「緑の背景のコンポジション」・1934年の「根」など、作風の変遷をたどれる作品がならんでいた。

 

 ル・コルビュジエはピュリズム(注:1)から出発して次第に彼独自の世界を展開していく。ピュリズムをはなれてから出現するようになる巨大な女性像は、建築の直線や冷たいコンクリートの平面に対抗するために必要であったのかもしれない。しかしそれは人間の内面に入っていくというようなものではなく、絵画の中の曲線の要素として人体が使われているのにすぎないようにもみえる。その線描は次第に色彩からもはなれてますます奔放に走り出すようになる。この自由な線描と鮮明な色面による大胆な構成は、会場に多数展示されているポスターや本の表紙などにみられるグラフィックデザインの方法に共通している。絵画作品では1952年の「アルコレ・シムラ」、1959年の「牝牛xv|||」などがその到達点ではないかと思った。

 版画の連作「直角の詩」は彼の創作の原型・秘密をカード状に分解して、すべて見せてくれるような端的で開放的な美しい作品であった。

 彼の仕事には壁画・タペストリー等、建築と一体のものとして構想されたものもある。それらは建築環境を邪魔しないように、それとの調和を大切にした明るい肯定的な内容のものが多い。そこにはメキシコの壁画やピカソの絵画にみられるような社会に対する強いメッセージはあまり感じられない。また現代の我々の眼からみると機械文明に対して楽天的なほどの信頼をよせている。

会場で一番興味深かったのは建築の構想スケッチを含めて、多数出品されていたエスキース群であった。最初のイメージを発展させていくその方法は、建築にも絵画にも彫刻にも共通したものである。「開いた手」の習作、「E1027」の壁画の下絵など、特に「スイス学生会館サロンの壁画」の下絵は最初の色紙を貼った着想から、色面の移動、形態の変化などの曲折を経て完成した壁画(写真)に至る過程を具体的にたどることが出来て、教えられることが多かった。

 

印象派までの常設展を見てきて、20世紀の部屋に入ると、急に視界が開けて明るい光が会場に満ちているように感じる。これはこの展覧会に出品されているジャン・デュビュッフェ・ボーシャン等の作品についてもいえることである。それまでの遠近法的・再現的な絵画の掟から形態的にも色彩的にも解放され、画面の中に平面の意識が強くでてくることがその原因ではないかと思った。

 

ル・コルビュジエは諸芸術の総合を目ざしていたといわれるが、今回の企画はその意図を確認することができる貴重な機会であった。

 

 

注:1ピュリスム(ピューリズム。Purisme、Purism。純粋主義)とは、ジャンヌレとオザンファンが、フランスで、その著作『キュビスム以降』(Après le Cubisme, 1918年)およびその雑誌「レスプリ・ヌーヴォー(エスプリ・ヌーヴォー。新しい精神)」(L'Esprit Nouveau, 1920年から1925年にかけて28冊を刊行)において主張した、絵画の形式。

 
「牝牛xvΙΙΙ」1959
「牝牛xvΙΙΙ」1959