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Seoulアート雑感

森下泰輔

 私が昨年10月にソウルにいった主な目的は運営している ArtLab TOKYO の所属作家、 イ・ナジンと岩清水さやかの個展が現地のゼインゼノ・ギャラリーで開催されるのでそのセッティングにお邪魔する、というのもあった。

 ゼインゼノ・ギャラリーは韓国の主要アートフェアにも出品している有力商業ギャラリーである。 丁度、同時期に韓国最大にして、おそらく東アジアでもアートバーゼル香港に次ぐ規模のKIAF(Korea International ArtFair)が開催されており、そちらにもゼインゼノ・ブースから両名のアーティストが出品していた。

 韓国といえば反政府的な民衆芸術のメッカでもあって、映画監督のアン・ヘリョンやセウォル号に絡めた朴政権批判の絵画を前回光州ビエンナーレ特別展にも出品したホン・ソンダムなどとも面識があったが、そうした民衆的芸術以外でもコマーシャルベースのアート、また光州、釜山などを含めた国際展であるビエンナーレの動きにおいても現在では日本より先行していると考えられる。

 ソウルに到着後すぐにゼインゼノで開催されているイ・ナジン個展に駆け付けた。

 イ・ナジンの作品はアクリル絵具をケーキに文字を描くチューブに入れて細く絞りだし、具象的な形態を描いていく作品で根気と緊張を強いられる作業で制作される。すでにニューヨークなど数10か所での発表を続けている。今回は動物シリーズを主体に展示していた。

 岩清水さやかに関してはゼインゼノのオーナーのイ氏が「絵画自体の強度か、イメージの強度がなければ韓国では通用しない。岩清水作品にはイメージの強度がある」というように、ポスト奈良美智に通じる日本特有のカワイイイメージの強度があるだろう。2017年4月にもArt Lab の作家展を同ギャラリーで開催する予定もあってイ氏とは綿密なディスカッションを行った。その間、氏の口からさかんに「強度」という言葉が出た。

 そのことは、すぐに理解されることになる。KIAFである。

 翌日、そのKIAFを訪ねた。KIAFはCoexというカンナム近くに新しくできた巨大展示場で開催されていたが、日本最大のフェア、アートフェア東京と比べてもその会場の大きさは4倍近くあった。しかも、古美術、近代美術と共同のアートフェア東京とは異なり、平面作品が多くを占めているとはいっても、ほとんどが現代アートである。韓国ではヒュンダイ、サムスンらの財閥系大企業が現代美術を支援しているばかりか、独自に巨大スペースの現代アートギャラリーを運営しているほどで現代美術擁護熱が本邦の比ではないのだ。

 今回は台湾のアーティストを特集する流れでレクチャーやトークも開催されていた。その台湾のギャラリーはもちろん中国や欧州のギャラリーも参加していて日本からも10ギャラリー出展していた。「ときの忘れもの」や千住博個展をやっていた「アートコンポジション」などだ。

 

Kim Dong Yoo(キム・ドン・ヨー) マリリン・モンロー(ジョン・F・ケネディ)2016 キャンバスに油彩 撮影:筆者
Kim Dong Yoo(キム・ドン・ヨー) マリリン・モンロー(ジョン・F・ケネディ)2016 キャンバスに油彩 撮影:筆者

 私は日本独自の表現として少女性を表象した「ガーリーアート」なる考え方を持っているが、実はガーリーアートはイノセントアート以降の流れとしてグローバルシーンでも出現している。たとえば2011年のヴェネチア・ビエンナーレ関連企画で「Future Pass」 という国際シーンにおけるガーリーアート中心の展示があり、日本からは昨年急逝された櫻井りえこや村上隆ファミリーも出品していた。中台のディレクターと北京と台北の現代美術館が中心となって進められたものだ。日本の場合、ヴェネチアで日本館を中心にあとは企画展に個別アーティストが参加するかしないかくらいだが、中国は毎回、上海・北京の美術館が国費のサポートを得て中国現代美術展を関連企画として開催しており、2013年などは大型の関連企画が目白押しで、国際アートシーンにおける存在感を毎回増大させている。

 KIAFにおいても、韓中の芸術上の交通は今に始まったわけではないことは明白である。ガーリーアートも東アジア全域にすでに拡張しており、北京在住アーティスト、ワン・ズィジーなどは代表的な作家だろう。ピカソもどきにデフォルメしたギャル像がユニークだ。

 また、韓国の作家、キム・ドン・ヨーは、アンディ・ウォーホルの繰り返しの概念を二重像という独自の方向に発展させており、しかもこの複雑な作業を手描きで進めているのは驚異的である。2012年にはニューヨークのHASTED KRAEUTLERギャラリーでも個展を開催し好評を博している。加えてKIAFの傾向としては韓国作家の大胆なストロークを用いた新たな抽象画も目についた。イ氏のいったとおり、全般に鬼のような強度を持っていた。制作上のアイデア、もしくは描きこみの深度、意外な素材を忍耐強く使用する点において。

Cha Jeamin(チャ・ジェミン) Twelve, 2016, HD video, 3 channel, color, sound, 33 min. 33 sec., Installation view at SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016, Image courtesy of Seoul Museum of Art
Cha Jeamin(チャ・ジェミン) Twelve, 2016, HD video, 3 channel, color, sound, 33 min. 33 sec., Installation view at SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016, Image courtesy of Seoul Museum of Art

 第9回メディアシティ・ソウルはソウルで開催されているビエンナーレなのだが、今年はソウル市立美術館の西小門本館、南ソウル分館、北ソウル分館、蘭芝美術創作スタジオを繋げて開催された。マルチメディアを駆使したインスタレーションが中心だが、3D技術や映像インスタレーション、写真を含んでいる。

 参加アーティストは、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ参加作家、ムニーラ・アル・ソルフ、ともにドクメンタ13に参加したデュエイン・リンクレイターやザネレ・ムホリ、同時期に開催された第11回光州ビエンナーレ参加のチャ・ジェミン、また、第8回恵比寿映像祭に参加していたベン・ラッセルやジョウ・タオ、サウンド・ライブ・トーキョー2016に参加していたクリスティン・スン・キム、ドイツ銀行グループのアーティスト・オブ・ザ・イヤー2017受賞作家のケマン・ワ・レフレーラやアブラージグループ・アートプライズ2016受賞作家のバッセル・アバスとルアンネ・アブラミ、第1回の次世代アート賞受賞作家のシンシア・マルセレ、そのほか、日本人作家では谷口暁彦、平川紀道、三原聡一郎など、世界24ヶ国から61組が選ばれている。

 展示ばかりではなく、ハム・ヤンアが南ソウル分館でアーティストや教育関係者のための一時的な共同体「The Village」を立ち上げたり、チェ・テヨンが北ソウル分館で言語では表現しきれない不確かなものの可能性を追求する「U n c e r t a i n t ySchool」など、ふたつのプロジェクトも同時進行させた。加えて、各国のゲストエディターによる刊行物「COULD BE」を4号発行するなど様々な形式を通し過去、現在、未来における未知の言語を探求していく試みを行った。

 アーティスティックディレクターにペク・ジスクを迎え、谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」から引用された架空の火星語「ネリリ キルル ハララ」を総合テーマに、オクイ・エンヴェゾーの前回ヴェネチアの影響もあってか、労働問題や戦争、災害、貧困など負の遺産をどのように転換しうるのかという可能性、あるいは諸言語間のコミュニケーションの問題などに基づいた作品がたくさん展示されていた。ソウルのアートシーンはグローバルな動きと同調している。たとえば第56回のエンヴェゾー(ドクメンタ11も手掛けた)や第55回のマッシミリアーノ・ジオーニなどヴェネチア・ビエンナーレのディレクターはともに光州ビエンナーレのディレクターをまず務めていたりもする。

 その後、新国立競技場の最初の提案を行った、「アンビルトの女王」こと故ザハ・ハディトのアートセンターが東大門(トンデムン)運動場跡地に建設されたので見にいった。ザハの建築は大胆な曲線を基本にしたすごいもので、実際に現地にいってみなければ画像ではとてもその巨大空間の把握はできないだろう。ここではナムジュン・パイクへのオマージュ展を開催していた。

 

ソウル日本大使館前のキム・ソギョンとキム・ウンソ ン「平和の少女像」(2011年作)撮影:菅間圭子
ソウル日本大使館前のキム・ソギョンとキム・ウンソ ン「平和の少女像」(2011年作)撮影:菅間圭子

 例のキム・ソギョンとキム・ウンソン作、慰安婦像があるソウル日本大使館前にもいってみた。相変わらず市民団体の若者たちが座り込みを続けていたが、驚いたのは日本大使館が無期移転をしていることだった。一応は建て替えのため近くの高層ビルに引っ越しているのだが、像のあるこの場所から本当に移転するのではないか、との噂もある。この像に関しては2012年8月東京都美術館「第18回JAALA国際交流展」に出品されたが慰安婦をテーマとしていたため会期中に撤去された。釜山やアメリカ各地にも建てられているので日本人にはアレルギーが多いのだが、タイトルは「平和の少女像」であって、チマチョゴリを着た無垢な少女と隣には「一緒にこの問題を考えましょう」という意味で椅子も用意されていて、非常にわかりやすいコンセプトである。普通に彫刻としてイノセントを表現している作品で私は嫌いではない。

 モニュメントとして用いられた場合、どうしてもその背後にある運動の色で見てしまう。「平和の少女像」にはアグレッシブな面は少しもなくピュアな印象しかない。美術作品自体としてこの純粋な彫刻作品を鑑賞してみようという視点はないのだろうか?

 

 「アートプライス」が2016年上半期の国際美術マーケットに関して統計をとったところ初めて中国がアメリカをぬいて取り扱い高が一位となった。シェア内訳としては中国35.5%、アメリカ26.8%、イギリス21.4%で中国とアメリカだけで過半数を占めているのだが、日本はわずか0.7%で美術を購入する富裕層が経済力のわりに極少ないことが分かるのだ。ちなみに同社の2015年の年間統計でも、2位中国、10位韓国、日本はベスト10圏外だった。

 日本は島国特有の文化孤立から脱し、韓中とのアート交流を促進しなければダイナミックに回転する世界文化潮流からますます取り残されてしまうのではないかとの危惧を強くした。


森下泰輔 

(Taisuke MORISHITA 現代美術家・美術評論家)

1993年、草間彌生に招かれて以来、ほぼ連続してヴェネチア・ビエンナーレ

を分析、新聞・雑誌に批評を提供している。ギャラリー・ステーション美術評論

公募最優秀賞(「リチャード・エステスと写真以降」2001)。2016年2月、「林

先生が驚く初耳学」(TBS系列)でゲストコメンテーターとして出演した 。