表現の自由が失われようとする危機感は、昨年東京で開かれた国際美術評論家連盟日本支部のシンポジウム「美術と表現の自由」(2016年7月)でも示された。たがここでは少し過去に遡って考えてみたい。近代美術史を調べていると、表現や発表に対する検閲や自主規制に関わった記述に接することがあり、それらを見ていくと、どのように表現の自由が制限されていくのかを知ることができる。 興味深い一つの例を紹介しよう。1916年(大正5)に起こった出来事を、版画家の永瀬義郎が書き残している。同年に東京で開かれた日本版画倶楽部展(会場:万世橋倶楽部)の出品作をレストランの支配人が購入し、店の応接室に飾っていた。その作品に刑事がクレームをつけてきたのである。裸婦を表した木版画であった。永瀬によると、刑事と支配人のやりとりは次のようなものだったという。