所沢ビエンナーレ《引込み線》参観記


2009年8月28日~9月23日            菱 千代子

カタログ
カタログ

建物に一歩踏み込み、その広さに圧倒された。ここは所沢駅から程近い旧西武鉄道車輌工場。凧揚げができそうな空間、と言えばお解かりいただけるだろうか。会場に集う人々は服装も表情も軽やかである。圧倒的に若者が多いが、2割位は60代以上とおぼしき愛好家で、鑑賞者の層は厚いようだ。一昨年所沢在住のベテラン作家達が寄り合い「作家主導の展覧会を!」という主旨で周囲に呼びかけたところ、多数の共鳴者があり、昨年のプレ展を経て、今年正式に一回展に漕ぎ着けたと言う。今年は7000人以上の観客が予想されるとの事。

まず会場入り口で目を奪うのは戸谷成雄の『雷神-09』である。自然木をそのまま利用して、天井近くまで幹が伸びている。いや、これは天から逆に雷神が降り立った形なのか。ここは天窓からの自然光もかなり豊富で、ガラスや鏡を使った作品が反射効果をあげている。会場の一番奥にある、沖啓介の『the Xth 』は遠目にも鮮やかな黄色で輝いて見える。近寄って見ると、布製で、モーターによって動くものでもあるらしい。どこかで見た形と思ったのは、タトリンの第3インターナショナルのモニュメントを再現したものだからだ。これがあることで、周囲に遊園地のような楽しさがみなぎるから不思議だ。天井トップに取り付けられた豊嶋康子のクス玉のような『固定/分割』のカラフルな色合いとも呼応して、適度なお祭気分も盛り上げてくれる。実行委員長の中山正樹氏は『BODY SCALE』-movement-でイタリア未来派の実験を3次元の説得力ある大作で再構築してくれた。第2会場では窪田美樹の『はれもの/景色と肌』という作品が愛嬌をふりまいている。それは自動車の外壁をサモンピンクとグレーの紙を握りつぶしたもので覆いつくしたオブジェで、遠目には毛深い動物がうずくまっているようだ。そして隣には富井大祐の軟式ボールと工事用パイプをきれいに整列させた作品。ゴムボールとパイプの銀色の輝きが爽快である。その奥にはあたかもこの建物ができた時からそこにあった、といわんばかりの遠藤利克の『空洞説2009Ⅱ』がでんと構える。周りには鉄錆のように見える茶色の土が覆っている。 会場内でもっとも不思議な作品と思えたのは伊藤誠の『BOAT』と称する作品であった。それは顔の前面にとりつける大きなアヒルのくちばしのような装着具で上面は平で鏡が貼ってある。これをつけると鼻から下は隠され、天井や空しか見えなくなるらしく、視界の反転が脳の思考回路を破壊しないかと心配になってしまった。

第三会場は奥ゆきが100Mはあり、電車がすっぽり入る大空間である。ここでも様々な様式の作品が並び、見る者を飽きさせない。この巨大空間を最も効果的に使っていたのが、手塚愛子の『通路-底抜けのゆりかご』だ。天井からの光が布に加えた手作業をくっきりと際立たせ、ゆったりとしたカーブがハンモックの中で聞く子守唄を想起させる。その逆に現実に引き戻されるのが、増山士郎の『アーティスト難民』だ。実際体験した飯場生活をリアルに再ていて身につまされる。ここには相対的に少ない純粋絵画の類がかなり展示されている。大友洋司、水谷一、横内賢太郎、山路絋子の抽象である。特異なマチエールが特徴であるようだ。

この展覧会での第二の功績はカタログ出版であろう。新旧世代の意欲的論客が参加しており、現代美術の歴史(特に70年代のもの派とポストもの派について)とそれに対する考察をエネルギッシュに展開している。最後にこの展覧会を支えるたくさんのボランティアを養成した実行委員会の組織力に脱帽したい。 また作家達の相談に快くのり、この会場を紹介してくれた所沢市の粋なはからいにも、美術愛好者の一人として拍手を送りたいと思う。

                       (ひしちよこ・美術家 本誌編集部員)