エッセイ               


私の作陶について 森 義彦

二つの波の花
二つの波の花

私の工芸観というか、私の芸術観というか、私なりに少し述べてみたいと思います。私は沖縄とか笠間とか、益子で焼物を習いました。

沖縄では金城次郎さんのところ、笠間では大物師の職人のところ、笠間の芸術村の近くに住みました。益子では作家の所に習いました。益子で先生の窯を借りて焼物を焼き始めた頃は、先生に売れる物を教わりました。あれをつくれ、これをつくれと私のできる範囲の物を教えてくれました。益子に3年いて私の制作した物を民芸店に卸し、又その店でアルバイトに民芸店のお客さんの制作した物を焼いたりしました。三年経って先生の事情、私の事情で静岡に帰りました。

 静岡に帰ってからは、コーヒーカップはその頃の私には値のいいウェッジウッドのコーヒーカップを1客買って色絵がすりへってしまうまで使いました。そして次第に何客かコーヒーカップを買って使いました。そんな訳で私の頭の中では、工業製品のすぐれた物がいい焼物としてあります。工業製品のいいところを私のハンドメイドの焼物に取り入れて製作しています。勿論それ一辺倒でなく他のハンドメイドの作品も展覧会等で手に取ったり、ながめては常に私の作品の中に私が感じて、いいところは取り入れるようにしています。私の制作する物はオリジナルです。コピーではありません。そして私自身の制作した作品です。

 静岡に帰って30年経った今、30年前の益子時代の事を思い出し、その時のように仕事をし始めました。他の人よりより一段と手間をかける、オリジナルで、安い価格で販売する、というものです。作品としてそうならない物もありますが、できるだけ、そういう制作をするのです。

 私の生活は毎日が緊張。テレビを見ていても、新聞を読んでいても、ラジオを聴いていても緊張感は絶えません。家の中でも参考になると思われる他の人の作品(ほとんど版画ですが)を部屋に何点も展示してあります。そしてそれらを毎日見ています。私はそれらの作品から10年以上経ってからヒントを得ています。

私の生活、これが私の仕事のエネルギーになります。

 日本アンデパンダン展や平和美術展に出品していますが、春と夏、新作を何点か出品します。平和美術展では日本アンデパンダン展に出品した作品を、又展示する時もあります。

その時は展示の方法を替えて、こうしてはどうだろうかと考えます。常に新しく、です。

今度の平和美術展では日本アンデパンダンに出品した作品も1組出しました。それは「二つの波の花」という作品です。ろくろで水引きして(制作して)変形させたものです。これは‘09,1月にテレビでメタルロックバンドのドキュメンタリーを見ていて思い浮かんだ作品で、その時は、波のイメージが浮かび、それを花にするというものでした。

初めて制作するので粘土の状態をどうしたらいいかもわからず、時間をかけて波の花のかたちにするのにゆっくりゆっくり変化させました。乾き具合と変化させる具合に時間をかけました。水引きのままの姿で形を変化させていきました。これを二つ制作して焼成しました。窯出しの時、こうなったかという感じでした。この波の花が第一作目でこれから発展させる事にしています。次は「波の花パラダイス」という作品を制作するつもりです。

              (もりよしひこ・陶芸家)